小規模飲食店のためのHACCP

HACCPリードインストラクターを要請するためのワークショップに参加してきました。HACCPはハサップもしくはハセップと発音します。食品製造における衛生管理の方法なのですが、令和3年6月1日から施行された改正食品衛生法で、全ての食品事業者にHACCPが義務化されました。HACCPの義務化は全ての食品事業者が対象です。飲食店も当然その中に含まれます。ところが、大半の人にとっては「なんだそれ!?」という話です。ほとんどの飲食店の方はHACCPの名前すら知らないし、名前は知っていても正しく理解している人はほとんど見かけないので、改めて取り上げてみることにしたわけです。そもそもHACCPとは何か?行政書士としては法的根拠から入りたいところですが、そんなものは誰も読みたがらないので、そこは最後に書くことにします。

ワークショップでは食品製造工場での事例、スーパーのバックヤードの事例をもとにトレーニングをすすめていくのですが、飲食店、しかも家族経営の居酒屋、ワンオペのバル、オーナーシェフと少人数のスタッフで運営しているレストラン、そういう規模の飲食店の皆さんがその分析事例を見たら、たぶん、「そんなこと考えながらやってられるか?」と思うはずです。そこで、小規模飲食店にとってのHACCPを私なりに説明をしてみたいと思います。

どの店でも、従来から衛生管理というのは行っているはずです。例えば、トイレから戻ったら手をあらいましょう。まな板は野菜から切ってます。お肉は冷凍保存をしてます。それらはHACCPとどう違うのでしょう。

とりあえずHACCPの英語表記と日本語訳をまず紹介しますと。Hazard Analysis and Critical Control Point(危害要因の分析と必須管理点)となります。「更によくわからん」という方は忘れて、読み進めてください。私流に大雑把にHACCPを申し上げると「メニュー毎の調理過程でヤバいものが入ってきたり、できあがったりするようなタイミングはないかを確認して、そのタイミングで防ごう」という話です。

メニュー毎というところがポイントで、調理場全体に関することと、メニュー毎でとりあげることをわけます。調理場全体で行う衛生管理を一般衛生管理(前提条件プログラム)と呼び、メニューごとに取り上げなければならないものをHACCPで管理すると思ってもらって大丈夫です。

調理場全体についての衛生管理=一般衛生管理=HACCPの前提となるプログラム
メニュー単位=HACCP

次に、ここで言う”ヤバいもの”ですが、これを
Hazard(ハザード)、日本語では危害要因と呼びます。つまり人に危害をもたらすかもしれないものを指します。この”ヤバいもの”は大きくわけると3つあります。

生物的ウィルスや病原菌など
化学的小麦などのアレルゲンや残留農薬など
物理的調理器具が欠けた金属片など

つまり、食事をされた方に重大な被害を及ぼすかもしれないような危険なものイコールハザードです。例えば、包丁がかけて料理の中に残っていたら、口の中を切って大変なことになります。「そんなの切る度に包丁見てるからわかるよ」という方もいるかもしれません。最後までお読みいただけるとわかるのですが、「切る度に包丁を見る」それも大事な確認手段です。

さて、おにぎり専門の飲食店があるとします。このお店はご夫婦二人でやられています。提供するのはおにぎりだけ、実は味噌汁もつけてますが、一旦ここでは考えないことにします。営業時間は昼時のみです。
このお店の、何も入っていない塩握りを考えてみましょう。まず材料を検討します。だいたいの方は「鮭と米と海苔だろ、あと塩だ」と答えます。そう答えた方はこの記事を読む価値はあります。水も使いますよね。

次に料理をお客様に提供するまでの流れを考えます。「まずお米を炊く」と答えた方、その前があります。HACCPでは仕入れ(受入)から始まります。ざっと流れを書いてみるとこんな感じでしょうか?

材料仕入保管調理1調理2提供
地元産取り寄せキッチンの専用棚ガス炊飯器
真ん中に具を入れ、
塩とあわせて握る。
最後に海苔をまく
お皿に
載せて
お客様へ
水道水炊飯用
業務用スーパーキッチンの専用棚
乾海苔業務用スーパーキッチンの専用棚火であぶって切る

実際には、もっと複雑なフローチャートを作成しますが、ほとんどの方は引いてしまうので、簡略化しました。空欄のところを除くと全部で12のステップがあることになります。

それぞれの食材がどのような危害要因をもっているか、どのステップで入り込むか、増えるのか、どこで食い止めるかを細かく見ていこうというわけです。それではやってみましょう。

まず米ですが、残留農薬セレウス菌などの可能性があります。残留農薬については、出荷段階でかなりしっかり管理されているとは思いますが、出荷元はデータをもっていることが多いので、直接取り寄せているのであれば出荷元に確認をできるかもしれません。そこで安全値がでているのであれば、ゼロにはなりませんがひとまず安心です。また、この店では米は炊く前に水につけ、一度その水を捨てています。この工程でさらに残留農薬は落とせます。従って残留農薬という危害要因については、出荷元への確認と、炊く前に水につけ捨てるという作業で対応することになります。
次にセレウス菌ですが、日本では米や小麦など穀類からの食中毒の多い菌です。セレウス菌そのものは75度の加熱で死滅しますが、芽胞という胞子のようなものを作り、この芽胞は100度30分の加熱でも死滅しません。耐熱性があるため、加熱調理された食品でも室温で長時間放置すれば増殖し、嘔吐や下痢を引き起こす毒素を産生します。米の場合は常温放置による増殖が多く、おにぎりにするための炊いた米の保存過程が心配になります。このお店では業務用のステンレスジャーを使用し保温しており、その日のうちに消費しています。(昼営業のみなので数時間で消費されます)完全とは言えませんが、55度以上での保温にくわえ、数時間で消費されていますので、一応安心と考えても良いでしょう。
次に水と塩ですが、これは水道水を使っていますし、塩についてはハザードになりそうなものもないので、ここでは無視しましょう。
最後に海苔です。この店では乾海苔をオーブンで炙ってしようしています。温度は210度、時間は1分30秒。海苔は普通に考えると危害要因が思いつかないかもしれませんが、ノロウィルスによる食中毒が報告されています。ノロウィルスは二枚貝などで多いのですが、海苔の場合はは素手で刻み海苔をつめる作業により人の手から付着したものです。加熱で死滅させることができ、食品の中心温度85度以上で1分加熱すれば大丈夫と言われています。この店では、市販の焼き海苔ではなく、パリパリ感をだすために乾海苔を210度のオーブンで1分半炙って提供していますので、仮に表面に付着していても死滅する可能性が高いです。
さて、おにぎりを握るわけですが、この過程で怖いのは人の手を介して付着する菌です。黄色ブドウ球菌などが考えられます。この店では必ず調理用手袋をつかって握っています。握ったおにぎりは調理後すぐに提供しており、持ち帰りはご遠慮いただいています。

やったことはといえば、①残留農薬の可能性を出荷元に確認する。②米を洗い、水につける。ジャーで保存し、数時間で消費する。③海苔を炙る。④手袋をつけて握る、⑤すぐに提供して持ち帰りをご遠慮いただいている。とこれだけです。「うちの店でもやってるよ」という答えが返ってきそうですが、そのとおりです。一般衛生管理とHACCPの関係をもう一度おさらいします。

調理場全体についての衛生管理=一般衛生管理=HACCPの前提となるプログラム
メニュー単位=HACCP

ということでした。このお店はおにぎり屋さんですから、この工程は全てのメニューに共通です。従ってHACCPでとりあげるより、一般衛生管理ですべて管理できるということになります。

では次に鮭のおにぎりを考えてみましょう。鮭は近所の鮮魚屋さんで切り身を購入し、塩をふり、魚焼き器で焼き、ほぐしておにぎりに詰めます。魚の生焼けでおこる食中毒としては、アニサキス、サルモネラ菌、腸炎ビブリオ、ヒスタミンなどが考えられます。ヒスタミン以外は全て加熱で対応できます。ヒスタミンは、常温放置で発生します。従って、購入した鮭をどのように保存するかが問題になります。この店では食材は買い物から戻ったらすぐに冷蔵庫に保存します。先ほどのHACCPの考え方にあてはめると、調理場全体にかかわることは一般衛生管理、単独のメニューに係わることはHACCPということでした。全ての食材は仕入れ後すぐに冷蔵庫に収められるということなので、この作業は一般衛生管理で対応しているということで良いと思います。

鮭の生焼けについてはどうでしょう。鮭は、鮭握りでしか使いませんから、HACCPで管理すべきと考えてよいかもしれません。「うちは、俺が焼いたのを、女房が確認してるから大丈夫だよ。身をほぐすときにもわかるだろう」と大将が言ってます。それでまったく問題はありません。HACCPでは何を、どうやって、どの頻度で、誰が確認するのかを決めなくてはなりませんが、このお店でいえば、鮭の焼き具合を、目で見て、更にほぐして、焼く度に、奥さんがするということになります。ただし、ここからが違うところです。HACCPの考え方ではこれを計画のなかに書き込んで、さらにはやったことを記録しなければなりません。「記録しなければやってないとの同じ」なのです。

長い説明をしてきましたが、つまりHACCPの考え方を取り入れた衛生管理とは、新たに特別な衛生管理をしなさいということではないのです。メニュー毎に一度整理して、もし不足していることがあれば追加しなければなりませんが、決めたルールを計画として書面化し、記録に残して下さいという、ただ、それだけのことです。「それだけ」が大変だったりするのですが、ルールを決めるにあたっては科学的な根拠に基づかなければなりません。その部分については、HACCPコーディネーターに相談されるのも良いと思います。長々とHACCPの説明をしましたが、実際にはもっと簡単なアプローチも可能です。ちなみに厚生労働省では「HACCPの考え方をとれ入れた衛生管理の手引き書」を発行していますので、参考にしてみてください。


法的根拠】
食品衛生法50条2の2項に「食品衛生上の危害の発生を防止するために特に重要な工程を管理するための取組」と書かれているのがHACCPです。

食品衛生法50条2ではHACCPに関する基準を厚生労働省令で定めるとしており、都道府県等が条例で管理運営基準を規定する場合の技術的助言として国から示している「食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針(ガイドライン)」の冒頭で、「危害分析・重要管理点方式を用いる場合の基準」「コーデックスのHACCPガイドラインに基づく衛生管理を新たに規定し」となっていますので、コーデックスのHACCPに基づいて衛生管理をしなければなりません。

【参照】食品衛生法50条の2 
 厚生労働大臣は、営業(器具又は容器包装を製造する営業及び食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律第2条第5項に規定する食鳥処理の事業(第51条において「食鳥処理の事業」という。)を除く。)の施設の衛生的な管理その他公衆衛生上必要な措置(以下この条において「公衆衛生上必要な措置」という。)について、厚生労働省令で、次に掲げる事項に関する基準を定めるものとする

 2.食品衛生上の危害の発生を防止するために特に重要な工程を管理するための取組(小規模な営業者(器具又は容器包装を製造する営業者及び食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律第6条第1項に規定する食鳥処理業者を除く。次項において同じ。)その他の政令で定める営業者にあっては、その取り扱う食品の特性に応じた取組)に関すること。



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