飲み残したワインの話


ワイン好きの私は、時折、飲食店で飲み残したワインを持ち帰って良いか聞くことがある。みみっちいという人もなかにはいるが、美味しいワインだと、やっぱり、もう少し楽しみたいのだ。ところが、けっこうな確率で断られる。その店が酒販免許をもっていないという理由である。しかし、サイゼリヤなど大手チェーンでワインを持ち帰っても何も言われない。どこか腑に落ちないのだ。この問題、私が業務にしている酒販免許の仕事とは直接関係がないのだが、せっかくなので法律的にはどうなのか、すっきりさせておこう。

インターネットで情報を探してみる

まずインターネットでこの問題をとりあげている人がいるかどうかを調べて見る。”ワイン/飲み残し/持ち帰り”と入力すると、多方面から話題にしている人は多い。同業の行政書士なども、酒販免許の説明の一部でとりあげている。結論からいうと、行政書士のホームページも含め、飲み残しの持ち帰りは駄目と説明していることがほとんどである。それでは本当に駄目なのだろうか。

そもそも酒販免許ってなんだ

案外知られていないが、酒販免許の所轄官庁は国税庁である。免許の申請は地域の税務署へ提出する。私のクライアントの顧問税理士も知らなかった。そして、酒販免許について定めているのは酒税法という法律で、第9条にその記載がある。

酒税法第九条 酒類の販売業又は販売の代理業若しくは媒介業(以下「販売業」と総称する。)をしようとする者は、政令で定める手続により、販売場(継続して販売業をする場所をいう。以下同じ。)ごとにその販売場の所在地(販売場を設けない場合には、住所地)の所轄税務署長の免許(以下「販売業免許」という。)を受けなければならない。ただし、酒類製造者がその製造免許を受けた製造場においてする酒類(当該製造場について第七条第一項の規定により製造免許を受けた酒類と同一の品目の酒類及び第四十四条第一項の承認を受けた酒類に限る。)の販売業及び酒場、料理店その他酒類をもつぱら自己の営業場において飲用に供する業については、この限りでない

法令というのはとにかく難しく書かれているので、簡単に説明すると、まず前半部分は、「お酒を販売したければ、販売する場所を管轄する税務署から免許をもらえ」ということである。そして、後半にその例外が書かれている。一つは、お酒を造っている業者、例えば蔵元さんやワイナリーがその場所で販売する場合は、新たに許可をとる必用はない。そして、問題なのがそのあとで、飲食店のように、自分が経営するお店で呑ませるために提供するような業種である。つまり、その場で飲ませるのであれば構わないよということで、よくネットでみかける説明は、「栓が開いていないボトルを売ってはいけない」というものだ。

国税庁の説明はどうなっている

新型コロナの初期の頃、期限付酒類販売免許という6ヶ月間限定の酒類販売免許を飲食店向けに簡易な手続で発行した経緯がある。飲食店をテイクアウトにシフトさせるために、税務署も協力したわけだ。その時に加えられたQAがある。

Q.新型コロナウイルス感染症に基因して、自己が経営する酒場、料理店等でテイクアウト用酒類の販売を行いたいと考えていますが、酒類の販売業免許は必要ですか。

A.酒場、料理店その他酒類を専ら自己の営業場において飲用に供することを業とする方(以下「料飲店等」といいます。)が、自らの料飲店等で提供している酒類を、来店客の自宅等での消費のための持ち帰り(テイクアウト)用に販売するためには、酒類小売業免許が必要です。
(お酒に関するQ&A(よくある質問)【その他】〜国税庁ホームページより)

これだけ読むと、自宅等での消費のための持ち帰り(テイクアウト)用に販売するためには免許がいるので、やはり持ち帰りはだめな気がするが、一方で、飲み残したワインはそもそも私が買ったワインで、一本分の代金を払うのだ。今ひとつすっきりしない。

民法で考えるとどうなる

ここでとりあげたのは、すでに開栓しているワインである。つまり「呑ませるために提供したお酒」なのだ。お客さんは注文をし、お店はそれを提供する。あとは代金を支払えば良いのだが。民法は、「提供しますよ」、「払いますよ」と約束した時点で代金の支払がまだ行われていなくても、売買契約はすでに成立していると規定している。

民法第555条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

つまり、注文した時点で売買契約は成立しており、まして開栓したワインは民法でいうところの引渡も終わっており、すでに私のものである。それを持って帰ってはいけないとは、いくらなんでも横暴ではないか。

わからないから国税庁に聞いてみた

お客さんの酒販免許で微妙なケースがあるときは、大体所轄の税務署に聞くのだが、これは法律の解釈というか、運用の話なので、本家本元の国税庁に直接電話をしてみた。結論からいうと、私の主張は間違っていない。開栓したワインは、お客さんがその店舗で飲むため、すでに供されたもので、もはやお客さんのものである。つまり、持って帰ってもなんら差し支えない。胸をなで下ろしたのだが、実は続きがある。

未開栓のワインでも持って帰れる

これはどういうことかというと、例えば、私がいつも気に入っているワインがあって、予約のときにそれを揃えておくようにお願いしたとする。その店では私が頼んだワインはそれほどは売れないので、私のためにわざわざ仕入れるてくれたのだ。「3本は飲むので」とお願いしたら3本仕入れてくれた。ところが、その日は2本しか呑まなかった。1本余ってしまったわけだ。さて、この1本は未開栓である。これを持って帰って良いのかという話なのだが、持って帰ってまったく問題はないというのが国税庁の見解である。電話に出た国税庁の担当者の言葉をそのまま書くと、「何十本もとなるとともかく、一本、二本であればまったく問題ありません」ということであった。

それなら、なんで期間限定の酒販免許をわざわざ飲食店に取得させたのかとも思うが、これは、そもそもテイクアウトというのは、その場で供するものではなく、家のみを前提にしているので、たとえ一本であってもアウトなわけだ。

ということで、これで昨日持ち帰ってきたシャブリを安心していただくことができるのだが、ネットに流れた誤情報はいかがしたものか、、



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